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カニ食べ放題は おいらの夢 [れびゅー]

昨年末の余韻がどこかにあるのか 思ったよりは早く過ぎ去ったひと月とはあまり感じない どちらかと言えば早く過ぎて欲しいと思っている一月最終日。老いてきた親が心を病み調子を崩して 仕事の方がいろんな家庭内の諸事情により押され気味で 家の中のことに生活の中心をスライドさせなくてはならなかったひと月だったからそう感じなかったのか。[モバQ] 受け止める情報量が許容を越しているのか はたまたうまく処理されすぎて多少の興味ならどうでもいいやと割り切ってしまっているのか。年々はやりの話題さえ疎くなって行く。

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夜明け前は まだまだ寒いね。(夜明けの停車場にて)

もう間もなく新しい節が明ける。もう若くはない。先々に繋がるチャンスの種を蒔かなくては。芽を出さなくては。花を咲かせなくては。気持ちは焦る。でも 何度も同じことで駄目にしてしまった(否 経験にしてきた)肥やしを無駄にしちゃいけない。なんとかなる。ぼちぼちでも![モバQ]そんなことを改めて ほんの数分 夜明け前の東の空を見ていた。

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そしたら白み始めた空に三つの星が横ひとつに並んでい
た。左が金星だからオリオン座じゃないよ。何の星だっ
たんだろう。(ちょっと見えにくいけれど。☆☆ ☆
(金星・木星・さそり座のアンタレス かも。国立天文
台の天体状態表 千葉県 2019年01月26日06:00頃)
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[レストラン] くっきんぐのこ~な~ [レストラン] 今回は フエルトすい~つに手が回らなかったので 代打のくっきんぐのこ~な~です。[プレゼント] 一年位前に頂いた紅ズワイガニの缶詰を大事に取っておいたら 2019年2月19日に期限が迫り・・・使っちゃわなきゃ!と急いで夕飯のメニューを変更。(また湯豆腐が延びちゃった。[ふらふら]

DSCN0073.JPG 実はこの缶詰が消費期限が
大事に取っておいたら少なくなって来ちゃって・・・。[時計]
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薄焼き卵桜でんぶかいわれ・白ごまを用意して
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炊いたご飯に寿司酢いりの五目寿司の素を使いまぜまぜ。

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トッピングはとにかく豪勢に見えるように!一旦仏壇に
最初に供えようとしたら カニ缶を入れるのを忘れ・・・
大事なカニ缶と細切り海苔をぱらりと! [プレゼント] [レストラン]
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何のお祝いでもないけれど ズワイガニ缶五目寿司の
完成~っ。立春前だから 春よ来い寿司!と言う事に!
4合で作ったけれど家族3人で残りませんでした。[わーい(嬉しい顔)]
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[るんるん]今回の一曲は おいらのブログでは何度か登場しているこの曲。[テニス]先日テニスの 大坂なおみさんが日本人初の偉業で 冷え切った空気を払拭してくれましたよね。と言うわけではないんですが 昨今の大活躍から そしてもう一人の渡辺直美さんの活躍もあって 近いうちとは思っていたんですよね。そして前回の「京都慕情」渚ゆう子さんがシングルチャートのトップを飾ったころ(前回の記事更新の48年前/4回り前の亥年 1971年01月25日)に発売されたのが 今回の一曲。前評判もあり発売と同時にジリジリとランキングを上昇し 春先にこの作品もシングル売り上げのトップに躍り出るのです。[るんるん]
DSCN0023.JPG 「ナオミの夢」 ヘドバとダビデ 1971年01月25日発売 1970年YAMAHAが主催する東京国際歌謡音楽祭(翌年より世界歌謡祭へ改称/後に「あなた」小坂明子「時代」中島みゆき「あんたのバラード」世良公則&ツイスト「夢想花」円広志・・・等を輩出。)の第一回グランプリを受賞した イスラエル出身・イスラエル軍の音楽隊で知り合う ヘドバ(ヘドバ・アムラニ/ジャケット左の女性)とダビデ(ダビデ・タル/ジャケット右の男性)が イスラエル代表として同音楽祭に出場。この作品は 現地でコーヒーのCMソングとして作られる。音楽祭にはオリジナルである現地の言語 ヘブライ語で歌われており グランプリを受賞後の短い滞在期間中に 急遽日本語詞を付けて日本にてレコーディング。(オリジナルシングルのライナーより。)

東京国際歌謡祭の話題もあり 翌年1月にシングルを発売すると 当時のシングル・レコードでは 日本語詞のヴァージョンがA面で 洋楽扱いの商品番号にもかかわらず 総合チャート(シングル売り上げチャート)でじわじわと上昇し 春先には 国内盤の当時のヒット曲を飛び越して堂々の売り上げトップを獲得。(当時はザ・ビートルズの解散後一年もしない人気の絶頂期でしたが ビートルズでさえ成し遂げられなかったシングル一位を獲得/業界ナンバーワンの[コピーライト]オリジナル・コンフィデンスのチャートは1968年開始ゆえ それ以前の集計は無し。)。まあ日本語詞が付いていたという強みはありましたが (当時としてはシャッフルの利いた)強烈なダンスチューンに たどたどしい日本語で歌われたことに 新鮮かつ滑稽に感じたという話題性もあったのでしょうね。おいらもサビの部分は覚えていましたよ。いわゆる一発屋的ヒットになってしまいましたが その後も1970年代半ばまで数枚のシングルとアルバムを発表。独特の存在感がありました。1990年代 日本の「あの人は今(的な)」テレビ番組に 二人が歌っているのを見ましたが 90年代後半ダビデさんが他界して ヘドバとダビデとしての復活は無くなってしまったんですね。
しかし「ナオミの夢」は 有名なところでは 雪村いづみさんやザ・ピーナッツ 同じく世界歌謡祭でグランプリを獲得した「大都会」で有名なクリスタル・キングをはじめ カヴァー作品により現在まで歌い継がれているエヴァ―グリーンな作品に。なかなか権利の関係等 実現できないのですが せめてベスト盤のCD化を望みたいところです。(おいらも先日 ひさびさ 現在RCAやBMGの版権を扱っておられる ソニー・オーダーメイド・ファクトリーにリクエストさせていただいたんだけれども。。。気を長~く持って待っています。)



日本語ヴァージョン/ ヘブライ語ヴァージョン

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だいぶリーズナブルになってきました。もうひと声!

インフルエンザが流行期の後半になり さらに強くなったインフル・ウイルスも飛び散っているとか 学校・学級閉鎖になって子供たちにも蔓延しているみたいですが ニュースでも罹患して異常行動を起こすような事例も出ているとか。おいらも かなり前まだ中学生の頃 高校の頃かな? 39.0℃くらいの高熱を出して 服を脱いでも暑くて朦朧として ふらふらしながらトイレに起きた記憶があります。それ以来はありませんが 今思い出すとあれって風邪じゃなくて インフルだったのかな?なんて思うと怖くなります。[がく~(落胆した顔)]みなさんも おいらも勿論 御身体第一でご無理ありませんように!次回は 立春すぎて 2/6 0:01更新の予定です。[メモ]今回は このあたりにて ぐな~ぃ。[夜]


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京都いいな。湯豆腐にしようかな。 [れびゅー]

もう間もなく年度末。今年も確定申告の申請書が届いても良い頃なんだけれどまだ郵送されない。”!”ってことは あなた様は今年申告しないで良いですよ![わーい(嬉しい顔)]らっきぃ~っ![がく~(落胆した顔)]なんてことにはならないのが オチなんですが。なんだかね・・・まあ申告しても非課税だろうしね。じり貧にはなる心算はないけれど 今の状態から早く抜け出したい。親も以前のように元気になって欲しいし。そうなってくれないと おいらも親の顔色や加減見て心配ごとなしに仕事に出られない。年の変わり目は 元旦じゃなくて 節分と言いますよね。今年は新たな事を始めるには良い年周り(のはず!)。良い風を早くつかみたい。気持ちは焦るばかり。でももう若くはない。確実な風に乗らなくては。と思い半分で申告とは別に 今月の収支も始めなくては。。。[メモ]

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暮れに植えた葉牡丹が大きくなってきました。[かわいい]
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[アート] フエルト・すい~つのコーナー [バースデー] 今回は 全くと言っていいほど時間が無くて 何かテキストの作品でもと思いながらも手つかず。

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こんな感じのいつもの端切れ細工のプレッツェルでもと思っても こういう時に限って端切れが無い![たらーっ(汗)]そんなものなのでしょうね。途中までやって事務仕事して[メモ] or [アート]なんて中途半端にどっちつかずにも出来ないから今回はお休み![眠い(睡眠)]

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[るんるん]ちょっと今回は 本筋の今回の一曲の方にウエイトを置いてみようかな。前回は三回前の亥年(つまり今から36年前の1983年<昭和58年>)のわらべの作品をれびゅ~したのですが 今回はさらにひと回り前の亥年の今頃のヒット曲を![るんるん]いつもおいらのブログを拝見くださっている有難いみなさんの中でも お若い方は今回は未知の世界?!なんて方も多いかもしれません。だっておいらだって生まれて数年しかたっていないのですから![爆弾]でもね。不思議なもんでおいらは音(ラジオやテレビから流れて来ていた流行歌)の記憶って残っているんですよね。まさに三つ子のどうたらじゃないですが・・・。(三つ子って 前回のわらべみたいな三つ子じゃなくて 三歳位の子って意味の方!)就学前のおいらって 家では 祖父祖母が四六時中とは言いませんが[TV]テレビを点けていたし 親が営んでいた店では AM・FM・SW(短波)のラジオも聴けるステレオから 洋邦関係なく流行歌が流れて そんな環境の中にいたおいらは 多分音楽を自然に捉えることが生活の一部だったのでしょうね。(今はゆっくりと音楽を楽しむ時間が取れないのも きっと欲求不満の要因になっているのかもしれない。ステレオの前にじっとする事も出来ないし 車を運転してCDを聴くのが 唯一のひとりで大音量で音楽を楽しめるひとときだったりするのです。[わーい(嬉しい顔)][電車]イケナイ!脱線だ![爆弾]
DSCN0030.JPG 「京都慕情」 渚 ゆう子 1970年12月01日発売 7枚目のシングル 1960年代に日本で初のエレキ(ギター)ブームの到来と共に アメリカで活躍していたインスト(演奏物)・バンドのザ・ベンチャーズが国内でも大人気となり 猫も杓子もと言ったら言い過ぎですが若い世代を中心にエレキ・ギターが大ブームを巻き起こします。ベンチャーズはオリジナルでもある サーフィン・サウンドとでもいいましょうか 軽快なリズムと心も身体もウキウキさせる躍動的なサウンドで発売される作品が次々大ヒット。日本での公演も毎年開催される盛況な中 日本のイメージを題材としたオリジナル作品の発表にも力を注がれ 後に日本語詞を付けられカバー作品が歌謡曲のフィールドでも人気となる「北国の青い空」奥村チヨ「二人の銀座」和泉雅子・山内賢「京都の恋」渚ゆう子「雨の御堂筋」欧陽菲菲をはじめとする ベンチャーズ歌謡が60年代末から70年代初期にかけて大ヒットしました。今回の「京都慕情」も勿論オリジナルはザ・ベンチャーズで この作品の一作前で前年に「京都の恋」が大ヒットして あまりパッとしなかったハワイアン出身の渚ゆう子さんが 大ブレイクをするきっかけとなる特大ヒットとなり売上チャートでもトップを獲得しました。
今でも愛される御当地ソングですが それまでは「女ひとり」デューク・エイセスなどに代表される 奥ゆかしい感じでスローなタイプの流行歌が 古都京都のイメージを映しだしていましたが 躍動感ありまたスリリングなギターの音色が奏でる外国人からイメージする古都を描いたサウンドが 新しい時代の京都を映しだすことに成功したんですね。不思議なことに以降は 京を題材とする流行歌は沢山生まれていますが ベンチャーズ歌謡以降の新たなサウンドイメージは 正直成功した物はなくトラッドなイメージと共に40年近い年月を巡って来ているのです。おいらは中学の修学旅行で念願だった京都へ行くのですが 数か月前に中古レコードのセールでこのレコードを手にするんですね。同年代では購買欲をそそられる作品ではまずありませんでしたが 修学旅行のバスの中でガイドさんが歌うこの曲を口には出しませんでしたが 一緒に歌っていたんですね。修学旅行までに覚えてイメージを旅行で味わいたいと思っていたから。(まあ女心は判りませんでしたけれどね。)
1971年の1月に最高2位までランクインするのですが 同時期にランクインしていた流行歌にはこんな曲もありました。「望 郷」森 進一「誰かさんと誰かさん」ザ・ドリフターズ「走れコウタロー」ソルティ・シュガー「生きがい」由紀さおり「知床旅情」加藤登紀子「花嫁」はしだのりひことクライマックス・・・ちなみに1971年の今日(1971年01月25日)に発売されて春先に大ヒットする とある曲が 次回若しくは近々のれびゅ~に登場する”予定”です。なんだろうね?


あ!でもね 修学旅行では嵐山や嵯峨野の方へは行け
無かったんですね。いつか行きたいけれど。。。春が近付
くと円山公園の桜を描いた 大好きな東山魁夷さんの 
[アート]”花明り”を思い出す。今年もまもなく梅の時期が
来てやがて来る桜舞う季節が愛おしい。。。[かわいい]     
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先日 ぽちの輔さんの記事で御自宅の夏みかんの実が
収穫時期かも!と言う記事を拝見して近所の家の木を
見に行ったらこちらも色づいてました。実のなる木が
あるってちょっと羨ましいな。虫はイヤだけどね。[がく~(落胆した顔)]
ぽちの輔さんちは 夏ミカンの木の消毒するのかな?

落っこちた虫を[犬]ワンちゃんが食べちゃわないか・・・
気になる。。。[わーい(嬉しい顔)]                 

次回は今月最後 1/31 0:01の更新の予定[メモ]ですが 月末で遅れなければいいなと思っています。警報が出るほどインフルエンザが猛威をふるっていますので 皆様お身体第一で暖かくお過ごしくださいね。今回はこのあたりにて!ぐな~ぃ。[夜]


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今年は長くうららかな春希望! [れびゅー]

ブログ更新日の関係で記事が遅れてしまいましたが 先日木曜日17日は 阪神淡路大震災から24年。あの日から同じ干支が二周りしてしまった時の流れにも驚くばかりなのです。あの時も亥年だったんですね。おいらは あの日の朝というかどう過ごしていたかは良く覚えていませんが 起きていてこちら千葉でも小さな揺れがあったのは判りました。そして「地震なのか!」としばらくして 何気なく震度を確かめようとしたテレビの画面で目にしたのは 未曽有の現状。新作の映画?!なんて位にしか捉えられなかったことが大変どころでないことだと認識してからは報道に釘づけになるばかりで 以降の事は記憶に無いような 否その後に体験した3・11と重なるかの如く 思い出しことが怖かったのだと今は認識するのです。1・17や3・11に限らず災害で被災された多くの方のご冥福を祈り 引き続き多方面での復興を願いたいです。[目]

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スイセンが良い香りで咲き誇っています。

あの年はオウムの事件がおいらの誕生日に大変な騒ぎを起こし 四月には新たな仕事に就きいろんなことがざわめき おいらの周囲が変わろうとしていた時期でした。その年の暮れに Windows'95が発売になり初めて大金をはたいてPCを買いましたが ネットデビューするまでには まだまだ時間を要するのでした。約四半世紀の年月は一概に言い切れませんがいろんなことがありました。[猫]4にゃんずが生まれ家族同然に過ごして20年近くの大往生を見送ったのもあの年が始まりでした。とにかく時の巡りくる早さが年々早く感じるようになり 人生80年 否100年時代と言われるようになって 親も高齢になりおいら自身も決して若い世代ではなくなって来ています。無理も利かなくなって来るでしょう。経験したことのない いろいろな壁にぶち当たることもあるでしょう。でも未熟ではありますが 自身の経験が役に立つことを自負し始めても着ています。おバカな面もありますが責任ある世代として誠実でありたいと 日は過ぎゆきますが今年の年頭に改めて心の中に誓うのでした。24年という日々は思う以上に濃厚な日々だったと感じ始めてもいるのです。[喫茶店]

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[アート] フエルト・すい~つのコーナー [バースデー] 今回は前回の続きで 初心に戻り初めて(買ったテキストを元に)作ったキットでない作品(初めてのケーキ)に改めて制作してみた続きで完成までを!

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今回のパーツ作りは変わり映えはしないのですが時間が
無い割にいつも以上に縫い目も気にしながら出来たかも!
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ケーキトップのトッピングも慎重に。側面は初期に使っ
て以来5~6年ぶりに山道テープ(波型)を![アート]
似たような材料はあっても同じものが手に入らなくなり
残っていた在庫も無くなってしまいました。[もうやだ~(悲しい顔)]
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こんなトッピング!クリームはアレンジしちゃいました。
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初めて作った時の作品とは 細かなビーズなど当時の
モノが手に入らない部分のパーツは変更してしまった
ので全く同じではありませんがこんな感じのモノだっ
たんですよ[サーチ(調べる)] 初めてのケーキ作品       
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[るんるん]また記事が長くなっちゃったよ。。。でも 今回の一曲は 一応音楽ブログとしては外せないので しっかり書かなくては。今記事の書き出しに 24年前というキーワードを使ったのですが さらに同じ干支だった三回り前の亥年の今頃大ヒットしていた作品が今回の一曲なのです。いつもお越しくださる[サーチ(調べる)]komakoさんの記事で レクレーションで歌う”童謡や昭和歌謡・・・”というセンテンスが記事を拝見させていただいた後も気になっていて ふと思いだしたのが今回の一曲に繋がったわけなのです。90年代になり平成以降の流行歌って 偏った世代に限っちゃうような流行歌が多く見られるようになり オールラウンドの世代が歌える歌って少なく皆無に近いような時代になってしまったと良くおいらの記事で書くんですが 境目になったのが B.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」(1990年04月04日発売)。流行歌の資料を元にさらに遡ると 1980年代初期の わらべのヒット曲くらいまで遡るんだななんて思ったわけなのです。1984年には第二弾の「もしも明日が・・・。」が大ヒットしますが その前年(亥年の1983年)の今頃ヒットしたデビュー曲にピン!と来たわけなんですよね。[るんるん]

DSCN9993.JPG 「めだかの兄弟」 わらべ 1982年12月21日発売 デビュー曲。(作詞:荒木とよひさ 作曲:三木たかし)当時大人気だった欽ちゃん(萩本欽一さん)のバラエティー番組[欽ちゃんのどこまでやるの](テレビ朝日系列)の番組内に出演していた 三つ子の三姉妹 萩本のぞみ・かなえ・たまえ(望み叶え給えから来ているんですね。)のユニット わらべ が歌った素朴なこの作品が国民的大ヒットになりました。番組や三姉妹の人気も勿論でしたが 編曲をされた坂本龍一さんの作風にも大きな反響が集まりました。坂本龍一さんは 日本のみならず世界でも当時は 作曲家としてまたY.M.O.(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーとしてもシンセサイザーを駆使した新しい時代の音楽を発信され注目を集める存在だったのでした。その坂本さんが編曲された作風が 穏やかな春のそよ風を感じさせるようなのどかな雰囲気で 荒木とよひささんの夢の広がる詞の世界 (流行歌では珍しい)ワルツのような3拍子作品で 小さな子供でも御年輩の方でも無理なくリズムをとって楽しめる(こうとるべきかは?ですが)童謡のような優しい曲調に多くの人気が集まりました。欽ちゃんのバラエティ番組からは 沢山のヒット曲が生まれましたが そんな中でもかなり幅広い世代に愛されたのがこの作品でした。現在の流行歌には あまりない心休まる雰囲気においらは komakoさんのブログ記事で書かれていたグループホームでの合唱でも きっと喜ばれて歌われてるのではないかなと感じたのが 今回久しぶりに聴いてみたいなとそそられてのれびゅ~となりました。今年はこんな感じの 穏やかな陽気の春が早くそして長く続いて欲しいなと 春のおとづれが待ち遠しくて・・・。[かわいい]


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[レストラン] 久しぶりに食べたアメリカン・ドッグ [わーい(嬉しい顔)]

前回も書いたのですが 現在確定申告の帳簿制作や決算書の作成に向けて事務仕事あ~んどレギュラーのごたごたで いっぱいいっぱいなのでコメントのお返しや皆様のブログヘのお邪魔が遅くなってしまいそうです。ご了承くだされば幸いです。次回更新は1/25 0:01の予定です。[メモ] インフルエンザのウイルスも強力になり流行期の真っ只中です。皆様お身体第一でお過ごしくださいね。今回はこのあたりにて。それでは ぐな~ぃ![夜]


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