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やっぱり年賀状ハガキ買ってきちゃいました。 [1973年のヒット曲]

うわ~っ!どうする?判ってはいるけれど11月。初日に年賀状を数枚(インクジェット写真用が早く売り切れてしまうので!)買ってきましたが 書くのはまだまだ先のこと。今年は出せない所はどこだっけかな?なんて枚数を数えてみたけれど多分足りるだろう。年賀状卒業も考えてるんだけれど。また留年になりましたのですよ。[郵便局]

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満月の前の日(10/28)いわゆる ”14番目の月”が

あんまり綺麗だったので![カメラ] 出始めの18:00前に
バックが明るい空色の時も撮ったんだけれど綺麗に

写らなかった。赤い月の色が夕陽の反射のようで!
翌日の満月は 雲多くあまり綺麗に見えなかった。
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[るんるん]11月だっていうのに 昨日一昨日は昼間の気温が26℃。ちょっと季節感が判らなくなってきちゃったよ。今回の一曲は 引き続き半世紀前の1973年の今頃のヒット曲なんだけれど なんかねあんまり好きじゃないんだよね。名作なんだよ!でも個人的には なんかね。今回の作品を聴くと思い出すのが やはりタイトル通りの雰囲気とイントロのヴィヨロンの音色が流れてくると 脳内セピア色になるような気分。この作品はとにかく抒情的で すぐに脳内映像化されるんだけれどね。歌詞だけじゃなくて曲もアレンジも含めてとにかく完成度が高いから 一気にその世界観に 実体験はないけれどトリップ出来ちゃう。秋口に聴くとさらに効果的。おまけにこの曲を含め三部作となった次の曲を聴くと きゃべつを丸ごとかじる雰囲気 そしてさらに鶏肉をむさぼる秋吉久美子さんを思い出しちゃう。どれもセピア色やモノクロのイメージなの。カラーじゃないの!せつなくなっちゃうんだよね。でも名作なんだよね。おいらは下宿ってしたこともないし 生まれてからほぼ(ほんの短い一時期仕事で滞在先があったことはあるけれど)自宅暮らしが基本。だから 大学生が(今はおしゃれなワンルームとか良い暮らしのイメージが強いけれどね。そうでない方も多いけれど。多分憧れもあるのかな。)年季の入った四畳半一間の部屋で暮らす生活感って皆こうなのかな・・・って 一時期は思ってたんだよね。リッチな家の出の人は違ってただろうけれど。冬は寒い思いをしたんだろうなとか おせっかいだけれど下世話なことを考えたりしちゃうんですよね。この歌を聴くと。四畳半フォークと言い始めたのはユーミンだったとか聞いたことあるけれど ユーミンの世界観は全く逆のイメージでしたしね。この当時はフォークブームも また全盛でしたがユーミンや五輪真弓さん吉田美奈子さんをはじめ 女性シンガーソングライターもまた台頭し始めた時期でした。今回は作品の雰囲気を感じてもらうために 余り掘り下げずに2曲をピックアップします。苦手なのは はじめの曲の方で 後の方の魔王の作品は 凄く今でも好きなんですよ。暗いイメージが苦手や嫌いというんじゃなくて なんて言うんだろう楽器の音色の響き方なのかな。マイナーなキーの歌はどちらかと言うと好きなんですね。あと歌詞の世界観なのかな。何度も言うけれど 時代や世相背景を象徴するようで名曲なんですよね。正直・・・おいちゃんが苦手というか。雰囲気だけね。(DONちゃんの先生。^^;DONちゃん元気ですか?めろう・しーずん どきどき!)[るんるん]
DSCN1557_01.JPG 「神田川」 南こうせつとかぐや姫 1973年09月20日発売 5枚目のシングル(第一期かぐや姫 時代を除く) (第一期かぐや姫 時代の「酔いどれかぐや姫」は すんごく好きなんですよね。しゃらら~!初めから脱線だ![爆弾] あやしぃん だから~/クマムシさんたち また再ブレイクか?!text 「あったかいんだから」)
五木ひろしさん 八代亜紀さん 天童よしみさんらのブレイクのきっかけを作った[TV]テレビ番組 全日本歌謡選手権にも出演されていましたが約一年の活動の後 第一期かぐや姫は解散。全く別の形で 伊勢正三さんと山田パンダさんと再結成した第二期かぐや姫 が再デビューしたのが1971年9月 吉田拓郎さんのプロデュースで発表されたアルバムから火が付き 1973年7月に発表されたアルバム『かぐや姫さあど』に収録されていた「神田川」がラジオの深夜放送から火が付き瞬く間に大ヒット。作詞をされた喜多條忠さんが学生時代を過ごされた 東京 神田川沿いの三畳一間のアパートで暮らした日々を題材にされた詞に 南こうせつさんが曲をつけられ 当初はシングルレコード発売の予定がないにもかかわらず ラジオリクエストの反響で急遽アルバムから二枚目のシングるとしてリリース。折からのフォークブームもあり リリース一カ月後には首位に立ち(七週間)チャートにランクイン時だけで 約87万枚の大ヒット(その後ミリオンセールスに)。年が明けてすぐリリースされた「赤ちょうちん」(おでん と きゃべつ 鶏肉・・・。)と続く「妹」の四畳半三部作が続けて大ヒット。アルバムも大ヒット。かぐや姫人気が最高潮に達するんですね。四畳半フォークの代表作に。当時 聴き覚えはあったのだろうけれど 小学生のおいらには判らないし 後々に理解する頃にはフォークブームも下火となり 今でも当時のフォークってあまり得意じゃないんですよね。あ!おいらが得意なだけじゃないだけで 作品的にはとても完成度の高いものであるゆえに 好き嫌いがハッキリしちゃっただけなんです。あと秋吉久美子さんが出演した映画が あまりに衝撃的で。かぐや姫がオリジナルなんだけれど「22才の別れ」とか おいらが小学校2~3年生だった頃に大ヒットしたフォークソングって 今でもエヴァ―グリーンな人気を誇っているけれど あまりいい思い出が無かったから多分それも苦手な要因になっているのかもね。


そして もう一曲!は 魔王の作品。

DSCN1554_01.JPG 「心もよう」 井上陽水 1973年09月21日発売 4枚目のシングル(井上陽水名義で)同年3月にリリースした前作「夢の中へ」が映画の主題歌にもなり大ヒットし じわじわと井上陽水の人気も大ブレイク。デビューアルバム『断絶』セカンド『陽水Ⅱセンチメンタル』も シングルヒットと共に売り上げも好調に。この「心もよう」は 初の週刊売り上げベストテン入り作品で最高7位 約43万枚の大ヒットになるんですが それでは終わらないとんでもないブームの始まりだったんですね。またの機会に かいつまもうと思うんですが ライブアルバムをはさみこの年の12月01日にリリースされる3枚目のオリジナルアルバム『氷の世界』が 先行発売された「心もよう」と共にアルバムチャートのトップに躍り出ます。このアルバムは日本のLP史上初のミリオンセラー(100万枚越)となり 長期間LP売上ベストテンにランクインし続け トップから落ちること5回一位に返り咲き それまでに発売されたアルバムも売り上げをさらに伸ばしランキングを駆け上り 一時はベストテン内に発売されたアルバム(さらにはその後に発売されたLPまでもが)がランクインするという快挙も。おいらは当時は聴いてないんだけれど 中学くらいになってからかな 最初に親戚の叔父からLPを借りて 『氷の世界』と『二色の独楽(こま)』を。「氷の世界」と「夕 立」にノックアウトされ その後 井上陽水さんの作品を聴くようになったんですね。(さっきも書きだしで触れたんだけれど かぐや姫 と 吉田拓郎さんの作品って あまり得意じゃなかった 特にバンジョーとソロのバイオリンの音って苦手だった。そうそう「精霊流し」グレープも時期が重なるんだけれど なんか聴き始めは駄目でしたね。陽水さんの作品って 決して明るくはないんだけれど 妙に惹かれるところがあって。今でもなんだけれど なんだか怪しかったり 危険な香りがするようなところがおいらの気を惹くんですよ。おこがましいけれど 波長を感じるのかな。なんとかフォークジャンボリーとか野外ステージで朝まで 人間なんてららら~ と参加する形というよりは レコードの音に耳を傾けて共感するような楽しみ方が好きだった。やっぱりおいらは 基本的に地味目な性格なのかも。)
その後 井上陽水さんは 小室 等さん 吉田拓郎さん 泉谷しげるさんと フォーライフレコードの設立で同じレコード会社に所属されるんだけれど 70年代フォークを背負って来たアーティストの中で それぞれが成功を納めますが 井上陽水さんはおいらが思うに現役でも活躍されていますし 一番好きなフォーク・ニューミュージック系男性アーティストだなと。「心もよう」を聴いた時の 他とはちょっと違うなと感じたなにかは 今も良く判らないけれど 変わらずに惹かれる要因だったりするのです。


季節の風を感じるようで・・・。
先ほどの「神田川」も なんだけれど昨今感じにくくなって
いる季節感を歌の中に感じるんですよね。1973年 の秋から
初冬にかけて 間違いなく今のように暑くはなかったけれど
長月 神無月 霜月・・・それぞれに色濃く季節感を感じて
いましたよね。一斗缶の頭を取っ払い横穴をあけた簡易焼却
炉でごみを燃やしながら焼いもが焼けるのを楽しみにしたり
燃え上がる灰が目に入って痛かったり パチパチと音を立て
あけた横穴から炎が飛び出ていたり・・・。       
あの季節感は もう戻ってこないのだろうな。しみジミー!

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霜月なのに 夕陽を浴びて雲が湧き立つ!
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ムラサキシキブ
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ひさびさの MOW Special 数量限定は 
Pear(洋梨)! [コンビニ]7-11にて げと。
やや淡いかなと思ったけれど 裏切らない濃厚さと
フルーティな爽やかさは これからの季節お風呂上りに
食べたくなります~ぅ。[レストラン]

先週の真夏日は一転して ようやく晩秋らしい陽気になってくれるとか。しかし 今年は暖冬予報が出ていますよね。時は変わらずに次から次へとめぐってくるのに 気持ちは忙しなくなるばかり。でも陽気が まだまだだよと言っているようで 今がいつなんだか判らなくなってしまいそう。午後五時には暗くなってきているから晩秋なんだけれどね。先月から おせち積み立て始めたんですが 今月も上手く切り詰めて行けるかな。季節じゃないから仕方ないけれど野菜が高い。トマトは 手が出ないもの!生野菜サラダは ポテトサラダとか根菜を使ってメニュー対策。常夜鍋とかもいいんだけれど。今夜は何しようかな。さてさて 次回は11/12 0:00更新の予定です。[メモ] 昼間と夜の気温差が大きくなってますので 体調崩されませんように。あと年末も近づいて来て 事故や事件などもご注意くださいね。今回はこのあたりにて ぐな~ぃ![夜]


追 記 ・・・ 20231111 04:30 先ほど飛び込んできたWEBニュースにとにかく驚いています。おいらが日本のアーティストの中で 多分流行歌を聴くようになって 一番最初にこの人の歌唱力は 単に歌手というのではなく まさにヴォーカリストと表現して間違いないと思うくらい 大好きな大橋純子さんの訃報が。昨今は病気の療養と言うことも聞いていましたが 折からのシティー・ポップス・ブームの中 彼女の作品が再認識されて 一時はCD化されていなかったアルバムが高価格で取引されていると言うことも やっぱりそうだよな!と喜びが隠せなかったんだけれど。。。信じられないというのはこういうことなのかもと 心臓がバクバクしています。詳細は良く判りません。週末ですし 報道も平日と比べたら少ないでしょうし・・・。
先日 デュエット作でも素敵なハーモニーを聴かせてくれた もんたよしのりさんのご逝去を聞いたばかり。谷村新司さんとのテレビでの会話も思い出したりして。。。

今は ただ 小学生の頃に「たそがれマイ・ラブ」の大ヒットで彼女を知って その次の「サファリ・ナイト」が大好きで 急いでシングルレコードを買いに行ったこと。高校入学の頃には「シルエット・ロマンス」が大ヒットし 彼女の歌を聴いて来てホントに良かったと心から思ったのも今でもはっきり覚えています。

親の再婚の時には 彼女の後期の代表作でもある「愛は時を越えて」を おこがましくも恥ずかしながら歌ったことも・・・。新しい時が巡ってくるというのは楽しい喜ばしいことだけではないけれど 今正直に思うのは 大橋純子さんの作品を リアルタイムでたくさん聴けたこと 口ずさんだこと いろんな思い出と共存していること・・・どれもがおいらにとって 嬉しいことか言葉に表せません。たくさんの作品を届けてくださって本当にありがとう。


「愛は時を越えて」を貼りたかったんですが・・・。
来年はデビュー50周年(半世紀)なんですよね。
いつも大橋純子さんの 歌声が心に響くこの作品を追悼に。
「シルエット・ロマンス」1981年11月25日発売
素敵な作品を数多く残してくださりありがとうございます。
これからも大切に聴き続けます。
2023年11月09日 御逝去
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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