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JO-YMB そんなコールサイン付けたっけ! [1974年のヒット曲]

(この記事は 2/16金曜日 日が変わってから書いています。)判らないところがあった確定申告の申告書を無事書き終えて あとは出すだけ![メモ]なんとかひとつ厄介なものは終わらせることが出来て ホッとしているのも つかの間。今月は4年に一度 一日多い月だけれど 月末と言うこともあって 親の通院介助が立て込む。歯科と内科と心療内科。あと眼科も行かなきゃいけないんだけれど。自律神経が どうもギックリ発症以降不安定になることがやや顕著で親に手を焼いているんだけれども 確定申告がひとつ終わりが見えてきたことで 妙にホッとしているおいらがいる。春一番が吹いて ぷちうららかな気分だったんだけれど また寒くなるんだってね。三寒四温&春に三日の晴れなし。今年もそんな時期が来たのか・・・。

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冬木立も 気のせいか勢いを感じる。
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地面には カタバミ?!オキザリス?!
春の気配も目に見えて感じるようになりました。
二度寝 三度寝 まだあと数分と布団から出るのが

億劫というか 春眠暁を覚えずなのか?眠い眠い。[眠い(睡眠)]
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[るんるん]子供の頃って 2月は まだまだ寒かったよな。朝起きて階下の居間に起きてくると まだ真っ暗。ガスストーブを点けてテレビ点けると 民放のテストパターンなんか放送してるの。今は滅多に見ないけれど カラーバーとか調整画像が映っているのを なんかぼ~っと見てるのが好きだったな。(そのうち日テレ<AX>は鳩小屋から鳩が飛ぶし TBS<KR>は 金属のパイプとか オレンジと紺の平板が平行に重なったり フジ<CX>は富士山が映ったり テレ朝/旧NET<EX>はちょっと始まるのが遅いの。あ!KRは音楽コンクールの歌が流れてたりしたな。)そのうち部屋が暖まって来て 祖母が起きて来て。小学校の頃は 今でも良く判らないけれど早く学校に行かなきゃいけないみたいな風潮(余暇利用とかね)があって 嫌だったな。他の小学校は そんな早くいかないのに。プン![ちっ(怒った顔)](早速脱線!)今回の一曲は 50年前の1974年の2月頃のヒット曲なんだけれど あの頃って今みたいに流行歌をチェックするわけでもないのに 歌番組が沢山あったから売れている歌手やアイドルって 必ず毎日どこかのチャンネルに出ていたのを見てた。そんな中でも新御三家(野口五郎・西城秀樹・郷ひろみ)は すんごい人気で 歌詞やタイトルはよく知らなかったけれど サビなんかは結構覚えてた。ひと節くらいしか知らないんだけれどね。今回の一曲もそんな中の一曲。この年4月に世界的に有名な女性?!が 来日してすごい人気だった!不思議な微笑を浮かべていて!郷ひろみが そんな女性のことを歌ってたんだけれど その曲が今回の一曲。あ~以前は これくらいのキーが歌えたのに 今はこのオリジナル・キーだと歌えない。[るんるん]
DSCN2088_01.JPG 「モナリザの秘密」 郷ひろみ 1973年12月05日発売 7枚目のシングル。1974年04月20日から上野の国立博物館で (ジャケット後ろに映る レオナルド・ダヴィンチの代表作)”モナ・リザ展”が開催されたんだけれど 一日平均3万2千人の入場者数だったとか!おいらは絵心無いから絵画とかって良く判らないけれど 小学生ながら その名前と肖像はよく耳にし目にしましたね。
この頃の郷ひろみ(1972年8月に「男の子女の子」で歌手デビュー)の人気って凄いものがありましたね。前出の新御三家のひとりですが 歌唱力を誇る野口五郎 ワイルドなアクションも話題となる西城秀樹 そして(おいらはなんも思わないけれど)可愛いルックスが人気だった郷ひろみ。よく彼の歌声を真似したけれど 独特な鼻にかかる歌声は モノマネでも恰好のネタでしたね。彼の歌をレッスンで歌ったことがあったけれど よく鼻から抜けるような歌声を求められたっけ。モノマネするわけじゃないんだけれどね。眉間あたりから声を出すようなイメージで歌えって。特徴ある声なんだけれど 他の歌にすればよかった・・・。って後で思っちゃった。後でなんか頭痛くなっちゃう感じが残ってね。それはおいらが下手だからなんだけれど。この作品を書かれた筒美京平さんは彼の声質に凄く惚れ込んでおられたみたいで。(1970年にデビューして翌年「真夏の出来事」が大ヒットした 秘蔵っ子といわれた平山三紀(現:みき)や松本伊代なんかも。)デビュー曲から(企画カヴァー物を除いて)シングル20作品を手掛けられているんですよね。しかしかなりの人気があるにもかかわらず 郷ひろみはシングル売り上げの首位を獲得したのは 1曲のみで(その時に上位にいた作品のパワーが並外れていたからなのもあるんですが)最高位2位の作品が7作もあるんですよね。「愛への出発(スタート)」「裸のビーナス」「魅力のマーチ」「モナリザの秘密」「花のように鳥のように」「誘われてフラメンコ」「あなたがいたから僕がいた」最高位3位「花とみつばち」「20才の微熱」そして唯一の1位がデビューまる二年目10作目で初期代表作の「よろしく哀愁」。(そういえばおいらのカラオケ・デビュー作<1981年頃>も郷ひろみ作品だったな!でも筒美京平さんの作品じゃないの。「バイブレーション(胸から胸へ)」って曲。ヴォーカルレッスンしてた時も 都倉俊一さんの作品を良くレッスンしてた。おいらは歌い上げたりロングトーンのあるバラードって得意じゃなくて 細かな音符がたくさん並ぶ8ビートや16ビートの 比較的 ♪とか♬とか♫のいっぱい並んでる 息継ぎの難しい早口っぽい歌が多かったね。郷ひろみ作品はキーが合うので歌ってたんだけれど 今はもう この後の動画を聴いていただければわかりますが 当時の郷ひろみ作品のキーは歌えない。声出ない!頭痛くなっちゃう。でも 憧れはありましたっけ。郷ひろみ作品ってオーディションの曲でも良く歌った記憶があります。全然歌詞の世界なんか似合わないんだけれど中期以降の作品で「セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」「もういちど思春期」「哀愁ヒーローPart1 Part2」とかね。好きな作品は「女であれ男であれ」(来生えつこ/来生たかお)「ヤクシニー」(売野雅夫/井上大輔)とかかな。今は新御三家の作品の中では 野口五郎作品がかなりどれも好きなんだけれど 歌えません。聴いて楽しむだけ。西城秀樹作品もおいらのカラーでは似合わないから歌ったことないかも。「ギャランドゥ」は歌ったことあったな。80年代当時って 男性がオーディションで歌われる作品って 郷ひろみ作品ってかなり人気が高かったなって思い出す。同じ曲でかち合ったことあったり譜面持ってない?って聞かれたり。レッスンしている時は 一緒にいた人たちではかち合わなかったな。おいらは 音符の細かな変わった歌が多かったから。今思い出したんだけれど 遊び半分で「じんじんさせて」山本リンダとか「薔薇の奇蹟」アン・ルイスとか今思い出すと 顔から火をはきそうな奇抜なのも歌ってた。ぎゃはは!「あんたが大将」海援隊なんかも。かなり早口でまくし立てるの!歌うというより今でいう ラップみたいに 完全にリズムに乗れないと歌えないのって多かったな。他の仲間は聴かせるようなのレッスンしてるんだけれど おいらはリズムの激しいのばっかり。ピアノを弾きながらレッスンしてくれた先生も かなりハイテンションにリズムに乗られてて 負けちゃいられないって!そんなのも若気の至り。やばいやばい!また本題から脱線しちゃった。郷ひろみ作品を聴いたり歌ったりしてた時に 譜面に沿って歌うことは勿論なんだけれど その人の声質自体に個性があるって 幾ら上手くとも個性には敵わないって思ったね。あの頃一緒にレッスンしてた仲間ってどうしてるんだろ?一緒に今はもうないけれど ヒカリエの下のあたりだったかな 東急の五島プラネタリウムの界隈だったかな 日本そば屋さんがあって ときどき何人かで帰り際に寄って食べた 揚げ出し豆腐がすんごく美味しかったな。今は行かないけれど渋谷変わっちゃったもんね。あ~だめだめ!また脱線しちゃうから動画貼らなくちゃ!


イントロのパイプオルガン?の音色がまた怪しくて好きだな。
1974年は彼にとってかなり飛躍の一年だったように思う。
次作の「花とみつばち」は さらっと歌っている感じだけど
バックの楽器の派手さと小気味よいリズムで そちらに意識が
行きがちなんだけれど歌詞の内容は かなり意味深であったり
しますしね。同時期に大ヒットした「ひと夏の経験」山口百恵
よろしく 大人の世界に踏み出した?!男性アイドルの歌で 
ファンの女性はドキッとしたときめきがあったのではないか?
なんて。。。やはり同時期 1974年夏の「追憶」沢田研二の
”ニーナ”にも 驚いたけれどね。小学生のおいらは それが
なんだか知らなかったもん!(オイオイっ!)[パンチ][むかっ(怒り)]あうち!
あ!1974年の今頃って [TV][キューティーハニー]を見てた!
あの舞台の学園のシーンでも BGMで教会音楽みたいなのを
使ってたな!「真赤な鞄」山本リンダも同時期だけれどあの
時代何かと教会音楽やパイプオルガンの音色の印象が強いん
ですよね。神聖な音色なんだけれど怪しくも感じられ。。。
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[TV] 前出テストパターン関連の おまけの参考動画

日テレ(日本テレビ)の[鳩の休日]
目下話題のあの方も 罰ゲームで鳩の休日をやってたな![爆弾]

TBSテレビ(東京放送)のオープニングとクロージング
音色が怪しいよね!ヨコハマ開放区(TVK)のオープニング
クロージングも好きだな。神奈川県って全域で 空にTVKの
文字がいつもひらひら飛んでいるような気さえしてしまう!

kinkinさんやさる1号さんも もしかしたら飛んでいるのを
見たことがあるのかもしれない。おいらも見てみたい![がく~(落胆した顔)]
どちらも子供の頃に 初めて見てトラウマになったYO!
今でも見ると気持ちがざわざわしちゃうんだよ。ぐふふ。
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日の入りが 遅くなってきたな~っ。

あ~確定申告書だしてこなくちゃ。今日行ってこようかな。それともこの記事更新した後 月曜に行ってこようかな。役所行って 確定申告コーナーで出してくるだけだから時間かからないし。とにかく早めに行ってこよう!さて次回の更新は もう如月も終わり。2/25 0:00の予定です。[メモ] 陽気(気温や天気)の乱高下が大きくなりそう。おいらが ぷち頭痛かったり フェイク風邪気味だったり 肩張るのもその影響が大きくかかわっていそう。気象病っていうらしいけれど。みなさんもご自愛くださいね。今回は このあたりにて ぐな~ぃ![夜]
[ひらめき]JOーYMB JOーYMB こちらは ゆうのすけ 
  MUSIC-BANK ブロードキャスティングです。
[ひらめき]
( ↑ このコールサイン 何年ぶりだ? 2010年03月05日 23:41更新記事以来か? [サーチ(調べる)] https://younosuke-music-bank.blog.ss-blog.jp/2010-03-05-1

わすれな・めも ・・・ この記事の更新前に 確定申告の申告用紙を提出済ませた。(20240216 13:30過ぎ。)

わすれな・めも2 ・・・ 20240221 03:15 昨日は20℃近い暑い日にびっくり。SSブログ 音楽カテゴリー久々のベストテン入りにまたもびっくり 最高8位。普段から気にはしていないけれど一桁になるのは なんか有難いもの。まもなく15年目を迎えることになる。

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さくらだ~っ! [1984年のヒット曲]

早くも雪が降った日から一週間が経ち 今週はかなり春めいた気温で ヴァレンタイン・デーの頃には 20℃くらいまで気温が上がるとか。(まさか今年も猛暑酷暑になる傾向が早くも見えているのか・・・。どうか穏やかな春が長く続いてほしい。)[かわいい]

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前記事のつぼみと同じか?なんだけれど 食材の買い
出しに行く前に 約5分だけ いつもの公園に寄って
河津桜と思われる花を!今年初めて見る桜だ~っ!
桜だ~ どうも桜田淳子って書きたくなっちゃう。[がく~(落胆した顔)]

でも まだ二輪しか咲いてなかったよ!でも河津桜は
長く咲いているというから これからが見頃かもね!
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[るんるん]さ~て 今回の一曲は前回に引き続き 40年前(1984年)の今頃のヒット曲から。いつも記事を書いていて 普段から良く聴いている作品だから 40年も新しい時間が巡り来てしまったというのが え゛っ!って思うよりもホント恐ろしくなってしまう。この作品もなのかって!今回の作品は リリースから首位に昇り詰めるまで結構時間がかかって超ロングセラーになったのと 大ブレイクを果すことになる名作。おいらは この作品以前の数作品は 当初知らなくて 勿論歌っているグループのメンバーの顔も知らない。グループ名だけは すごく特徴があったからすぐ覚えたけれど ワインのCMで流れていた心地よさげなアダルティな感じと なかなかリンクしなかったんですよね。CMは結構良く流れていたからサビはなんとなく鼻歌を歌ってたっけ。[るんるん]
DSCN1565_01.JPG 「ワインレッドの心」 安全地帯 1983年11月25日発売 4枚目のシングル。この作品が大ヒットしたことによりデビュー曲だと思われている方も当時は少なくなかったのですが プロとしてのデビューは 1982年2月に発売された「萌黄色のスナップ」というシングル。1982年と言うと女性アイドル大豊作の中 残念ながら大ヒットデビューというストーリーにはならなかったのですが その時点でのアマチュアとしての経歴は長く バンド結成のルーツは10年以上遡ることになります。安全地帯と言うとやはりボーカルの玉置浩二の印象が強いのですが デビュー前に井上陽水さんのバックバンドとして活躍されたあと メジャーデビュー時は 玉置浩二をはじめ5人のメンバーでのスタートでした。
この作品は ワインのCMソングとして世に広く知られるようになるのですが ブレイクのきっかけとなるのは翌年になりじわじわとヒットの傾向が見え始め 2月末に週刊シングルセールスのトップテンにランクインを果します。首位に君臨するのは3月半ばなんですが 幅広い世代に支持されロングセールスとなり70万枚を超える大ヒットに。作詞は井上陽水 作曲は玉置浩二 編曲 星勝/安全地帯。この作品を書かれた際に 玉置浩二は あのどことなく寂しい曲調のモチーフは 童謡・唱歌の「ちいさい秋みつけた」にインスパイアされたとのこと。また同時期の自身の作品もどこかマイナー調な作品が話題になっていた井上陽水の詞の世界観が より強い印象となり好景気に浮かれる世の中で 怪しく輝き始めたんですよね。(世の中が華やかな時代には やや暗めの流行歌が流行り 逆にどこか停滞感を感じる時代には 逆を求め明るく華々しい流行歌が流行る。そんな風潮もあったのでしょうね。)(この時期を前後する井上陽水作品/のちにリバイバルヒットとなる「リバーサイドホテル」「とまどうペリカン」「愛されたばかりいると/背中まで45分」「誘惑」「いっそセレナーデ」をはじめ 中森明菜提供作「飾りじゃないのよ涙は」大ヒットもあり 更には「ワインレッドの心」のカバー作も秀逸な 自身のアルバム『9.5カラット』もミリオンセラーに。井上陽水ブーム再来。)
安全地帯もまたリリースするシングル・アルバムが連続大ヒット「真夜中すぎの恋」「マスカレード」「恋の予感」アルバム『安全地帯Ⅱ』『安全地帯Ⅲ~抱きしめたい』もロングセラーに。
更には続く「熱視線」「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」(玉置浩二主演映画の主題歌)「夏の終わりのハーモニー」(井上陽水とのライブレコーディング)「Frend」「好きさ」「じれったい」・・・と 間髪入れずに大ヒット連発で80年代を駆け抜けて行く大人気ロックバンドに。メンバーそれぞれが ソロの活動期があり安全地帯の長期活動休止の後 完全復帰を果たし現在は定期的な活動を。


どこか物憂げな玉置浩二の歌声は 切なくて・・・。
この頃の彼を見ていると なぜか前川清さんと重なるような
気がしてしまうんですよね。[爆弾] [わーい(嬉しい顔)][たらーっ(汗)]
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先日 街中で見かけて見上げてしまっていた看板。
何処にも社名表記はないのに これだけで判る![猫]
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スーパーで売ってたので 即買いしてしまった!
昔のラッピングの印象が強いんだけれど ひさびさ復活
ファンタ[ぴかぴか(新しい)]  ゴールデングレープ   [ぴかぴか(新しい)]。オリジナルは
今から 49年前の1975(昭和50)年発売。あ~でも 
おいらは その前年に出た ファンタアップルの復活を
願うばかり!最後に飲んだのはいつ?![ファーストフード]ロッテリアで
バイトしてた時は 良く飲んでたんだけれど。あ~今の
じゃなくて 昔の えびバーガーとイタリアンホットが
食べたい~っ。 ファースト・キッチンのピーチパイも
好きだったな。。。木元ゆうこってアイドルが CMに
出てたの思い出した。ぬ~ん。遠い日々。[時計]     

ファンタのところで書き忘れたんだけれど 今じゃ炭酸水がぶ飲みって当たり前?!だけれど 昔ファンタ クラブソーダを瓶でそのまま飲むって なんか粋な感じでアヴァンギャルドだったかも!ぐふふ。[レストラン]
書き出しにも書いたんですが 今年も”三寒四温”という言葉が 身近に感じられる季節到来かな。能登の地震災害があった地域は ひと足先に早く穏やかな陽気になってほしいなと思うのです。午後のワイドショーでは ヴァレンタイン・デー頃に 関東では 春一番が吹くんじゃないかなんて言ってたけれど こちらより先に少しでも過ごしやすい陽気になって 復興が早く進んでほしいです。次回更新は2/18 0:00の予定です。[メモ]陽気の乱高下も花粉の飛散も本格的に始まりそう。みなさん体調崩されませんように。今回はこのあたりにて!ぐな~ぃ![夜]

わすれな・めも ・・・ 20240215 11:30 確定申告書作成終了 あとは明日以降 3/15までに提出する。
わすれな・めも2 ・・・ 20240216 18:30 今日の午後13:30過ぎに 確定申告の提出終了。

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コンプレックスってステイタスかも。 [1984年のヒット曲]

[雪]雪降るのかな?降ったとしても薄っすら色づくか雨の確率が高いんだけれど。子供の頃は嬉しかったけれど 今は多少風情を感じるものの積もる(湿り気の多い雪が)のはね・・・。[ふらふら]暦の上では今日から春。昨今二季傾向が強い日本ですが 今年は少しは穏やかな春が長く続くといいんだけれど。。。[晴れ]

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河津桜のつぼみだと思うんだけれど。[カメラ]1/31
そろそろ咲きだしているかな?
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[るんるん]こんかいの一曲は前回に続き40年前(1984年)の2月のヒット曲から。以前の記事で書きましたが 同級生よりも早く社会に出た(同じ学校で)おいらだったんですが アルバイトとか見習いで設備関連の仕事をしながらヴォーカル・レッスンをしだしたのがこの頃。寒風は強く冷たい日が続いていた記憶なんですが 気持ちは 結構前向きだったね。今回の一曲のイントロを聴くと その頃のなんとも言えない清々しさを思い出す。すべてが良いわけではなかったけれども。何というかな?早春の息吹を感じるごとに 何もかにも自身にプラスになるような追い風に吹かれているようで。それは汚れないアオハルの真っただ中だったんだね!きっと。[るんるん]
DSCN2013_01.JPG 「Rock'n Rouge」 松田聖子 1984年02月01日発売 16枚目のシングル 化粧品会社の春のキャンペーンソングとして 心弾む春の気配をちりばめた極上なポップ作品。この頃の作品はリリースされれば 初登場で首位を獲得する その後のヒット曲の典型的なヒット曲線を描いていました。ヒット曲の短命化が進む中 彼女の作品は 初動で一気に昇り詰めて 比較的上位をキープしながらゆっくりと下降して行く安定したアベレージを維持していました。翌年に(一度目の)ウエディング・ロードを歩くとは まだまだ本人さえ描いてはいなかったんだろうね。アイドルとして最高峰に君臨し 発表する作品はどのカテゴリーでも大ヒットは間違いなしの勢いを感じましたね。おいらは基本的にアルバム作品は 当時聴いてはいなかったんだけれど そのクオリティは 当時のアイドルとしては限りなく完成度の高さを誇り こちらもリリースすると大ヒット。更にはオリジナルアルバムだけでなくて コンピレートされた多種のベスト・アルバムも首位を獲得してしまうアーティスト・パワーも並では無かった頃でした。
この年は「時間の国のアリス」「ピンクのモーツァルト」「ハートのイヤリング」と連続大ヒット。人気者ゆえかスキャンダラスな噂も多々ありましたけれどね。今じゃ命取りになるようなスキャンダルも あの頃は噂が出るということは その真偽が事実であろうと無かろうと ステイタスでさえありましたものね。とにかく輝いていましたっけ!おこがましいこと甚だしいけれど そんな存在感に憧れさえ抱くこともありましたっけ。自信を持つということ自分の意思が揺らぐこともあったんだよね。次の「時間の国のアリス」が大ヒットしている頃かな?設備の仕事で 都内でも有名(=国内でもとなるんでしょうね)な偏差値のトップクラス進学校(高校)に行くことになるんですよね。おいらは学校を辞めたばかりだったから 幾ら夢を追いかけてなんて意気込んでいても 同年代の生徒が通う高校に行くなんて思ってもいなかったしね。数日間仕事で行って 授業中のそれも教壇のすぐ横の壁に設備機器を取り付ける配線工事をするわけ。嫌でも同学年の生徒たちの視線がおいらに向くことは避けられない。(当時偏差値70以上の同い年の中に 偏差値40近く下の学校に通っていたおいら)それまでに感じたことのないプレッシャーが嫌というほど感じる。その場にいることが もう耐えられないと自分で良く判る。将来は 高学歴でないと就けない職業や政治や経済を動かすであろう予備軍の視線は ”あいつは何なんだ!”というものに近かったんだろうね。学歴だけがすべてではないと判ってはいるけれど。与えられた仕事は こなさなくてはならないし。嫌で嫌で仕方なかった。後にも先にも そう感じたことは無かったかもね。間違いなく生まれも育ちも かけ離れた上流階級とプレッピー。おいら自身に これと言えるステイタスなんて無かったからね。夢なんて夢でしかないわけ。叶えなければただの戯言。そんなことも幾度も過った。(気にしないと言い聞かせても そんな気持ちは 40年も経った今でも心の中で湧き立ったりおさまったり。)そんなことがあってからかな 学歴に対するコンプレックスはね。やっぱり学は必要なのかと 大検(文部科学省管轄の 大学入学資格検定試験)を受験する勉強も始めるんだけれどね。(検定は2年くらいかかって取れたんだけれどね。大学という進路は おいらには学力的にも経済的にも狭すぎた。) (今回の脱線は修復難しいな!どう軌道修正すべきか?!)おいらは バカなのかな 覚悟が決まると(心臓バクバクしたりするけれど)舞台に立つ度胸的なものは 備わっているみたいなんだよね。そんなことも あの日の教室で身に付けたのかも。コンプレックスはさらに強くなるんだけれどね。(ここで戻れるか?!)聖子さんだけはないけれど ひとりで舞台に立ち自身を奮い立たせ持ち得るものを 最大限に昇華させ表現する。芸は無くとも 度胸だけは備わっている?と勘違いするバカなおいらもまた存在する。タレント性はあるのかも?(・・・なわけないでしょ![パンチ][爆弾]あうちっ!)このブログの一番最初の記事をUPした日。あの時も すごく怖かった。何も知らない世界に船出するわけでしょ。だから背を押してくれた人たち(ブロガーさんたち)って とても有難かったね。今もそう思う。そしてその後 このごった煮ブログにお越しくださる皆さんの存在が今のおいらにとって とても有難い存在でもあるということをいつも感じています。今年も 卒業や新たな船出の季節がそこまで来てますね。春なんだね。ピュアな気持ちで 新たな時間の中に漕ぎだす気持ちはいつも忘れないでいたいね。


リリースはされていないんだけれど 発売される前に違う
歌詞が付いていたんですよね。
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公園にはたくさんのスイセンが咲いてた。[かわいい]

今年は 29日まであるんだよね。寒さはまだまだ続きそうだけれど乗り切らなくちゃ!約三週間まえにギックリ腰をやってしまった親も 落ち着いて来てデイ・サービスも再開。おいらも いくらか気分的にホッと出来そうな眼先が見えてきました。確定申告の申告書も清書して提出しなくちゃいけないし。早く済ませて気分転換の時間を作らなくちゃ!春を見つけられるところへ出かけてみたいな。スギ花粉もかなり飛んでいるみたい。目が痒いなと思うことがあったんだけれど まだ 多分おいらは花粉症は発症してないみたい。今年も気をつけなくちゃ。コロンもまた罹患される方が増えてるらしいね。とにかく身体が第一だから基礎体力もつけなくちゃな。。。体重落ちなくても皮下脂肪は減らしたいし。身体を動かなくちゃ!と。思うだけではだめだよね。実行しなくちゃ!うんにゃ!
次回更新は 2/11 0:00の予定です。[メモ]みなさまも体調崩されませんように。今回は このあたりにて。ぐな~ぃ![夜]

追 記 ・・・ 20240204 02:00 おかしなタイトルをつけてしまったんですが いろんなコンプレックスを持つということは 自身を奮い立たせ レヴェルアップを諦めない ” 進行形の状態 ” であるということを言いたかったんですよね。コンプレックスを持つということは おいら自身が 諦めない自分自身を再確認する!ということ。おいらは まだまだ負けたくはないから!おかしな文章ですけれどね。(ステイタス・・・地位や身分と意味と捉えるのではなく 現状や状態という意味での解釈。も~まったく意固地なおいら自身にも 手が焼けるんだけれどね。ぐふふ。[モバQ][あせあせ(飛び散る汗)]

追 記 ・・・ 20240206 06:00 昨日昼頃から降り出した雪は 5cmくらい積ったのかな。相変わらず湿り気の多い雪。びしょびしょ。[雪]前日22:00ころに 家の前の道路の雪はらいをしておいたので 今朝は楽!
たまに積もるのは良いけれど 後が大変。雪の多い地域の方は本当に大変だなとつくづく実感するのでした。

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通りかかった線路。雪というかシャーベット。[がく~(落胆した顔)]
[カメラ] 20240205 23:00ころ

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