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1984年のヒット曲 ブログトップ
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今年も東京から桜前線?! [1984年のヒット曲]

うわっ![がく~(落胆した顔)]こう陽気が乱高下すると 調子悪~っ。雪こそ降ってないけれど 冷たい雨は降ってるし(菜種梅雨じゃないよね・・・多分。)底冷え気味。久しぶりに坐骨神経痛が出そうな感じ。腰のあたりが ぷちじんじん。ギックリやりそうな感じが一回。気をつけなくちゃ!今週末は もう三月。今年はソメイヨシノの開花がまた早まるとか。そして南関東から開花前線が始まるとか。。。

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つめたい雨。濡れた葉。春雨なのか?
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[るんるん]今回の一曲は 40年前の1984年の今頃のヒット曲から。前回 安全地帯が登場しましたが この頃ってグルーブのアイドルやアーティストが徐々に人気を集めて来てた記憶が。グループ(いつの世も)の強みって 個々のメンバーにファンがいたりすると相乗効果で大きな人気につながるのが強みでしたね。おいらは 今回の一曲のアーティストは作品は良く聴いていたけれど メンバーがどうこうってあまり興味はなかったけれどね。作品的には 懐かしいような新しいような新旧折衷な面白さが好きだったな。同じ時期にまた違った毛色の 杉山清貴&オメガトライブも良く聴いていたし 流行歌のヴォーカル部分でない演奏部分のサウンド面をメンバーが演奏するという いわゆるバンド・サウンドにも興味をそそられるようになっていたのかも。それまでもニューミュージックブームの台頭もあって ロックバンドやグループも聴いていたけれど 80年代に入ってからのそれは よりグループのカラーを左右するような時代になっているような気がしてた。その中のひとつのグループが その後10年近くトップの人気を継続させるって思ってはいなかった。直後の人気沸騰で 一時のアイドルブームなのかなと思ってたんだけれど。特大ヒット連発の職業作家の作品を メンバーは当初乗り気でなく自らの音楽をやりたいという熱望を抱かれておられ その意向が叶いより独自のサウンドカラーが出始めた時 彼らはアイドルでは無くアーティストとして あるファンは離れ あるファンを新たに呼び込み人気の継続は確実なものになって行きましたっけ。[るんるん]
DSCN1959_01.JPG 「涙のリクエスト」 チェッカーズ 1984年01月21日発売 セカンドシングル。前年9月に「ギザギザハートの子守歌」でデビュー。バンド結成時からデビューまでの間は 久留米(福岡)を中心に オールデイズ(ドゥーワップやロックンロール)をベースにしたサウンドを得意としたグループであったのですが YAMAHAのコンテストをきっかけに メジャーデビュー。それを期に一時 得意としていたジャンルを封印して ギタリスト/作曲家として活躍(前年には 作曲家として「少女A」中森明菜の大ブレイク)されていた 芹澤廣明のプロデュース及び作品提供でデビュー。しかしデビュー曲は思うほどのヒットには至らなかったんですが その後のメディアへの露出が増えるごとに 中高生の人気増大を基盤に今作「涙のリクエスト」が 1984年3月に 週刊シングル売り上げベストテンに突入。ロングヒットになり 二か月後の発売となる3枚目のシングル「哀しくてジェラシー」がリリースと同時に首位に初登場。更にはデビュー作品も話題になり 一時(1984年5月期)には売り上げトップテンに 3曲を同時にランクインさせる大ブームになりました。そのブレイクの勢いは 3年前の寺尾聡(「出航(SASURAI)」「SHADOW CITY(SEXY ROAD Part 1)」「ルビーの指環」アルバム『Reflections』)以上のもので それは ソロであった寺尾聰との違いは やはり個々のメンバーの人気によるものも大きかったのでしょうね。
その後もリリースされる作品は シングルアルバム共に大ヒット。12枚目のシングル「NANA」(1986年10月15日)以降 メンバーによるオリジナル作品を発表 バンドカラーも徐々に それまでのポップな作品からデビュー前のオールデイズ調のシブい作風のカラーに移行し 更にはメンバーそれぞれのソロ活動へと派生し 1992年大晦日に解散。メンバーのメイン・ヴォーカルであった 藤井フミヤのソロとしての成功も話題になりました。


この作品のブレイクが無かったら その後の人気はどうなって
いたんだろうね。いわゆる J-POP の創成期に歌謡曲とニュー
ミュージックやロックの融合で ジャンルは派生し1980年代
末に 雨後のタケノコよろしく 数多くのバンドが登場する
イカ天([三宅裕司のいかすバンド天国])を はじめとする
バンド・ブームが起きるんですね。ジャンルは 違いますが
今回の一曲と同時期に大ヒットしていた流行歌を数曲ピック
アップしておきませう。「悲しみがとまらない」杏 里  
「2億4千万の瞳ーエキゾチック・ジャパンー」郷 ひろみ
「お久しぶりね」小柳ルミ子 アルバムでは1984年02月
14日にリリースされた 薬師丸ひろ子のファースト・ア
ルバム『古今集』(「元気を出して」収録)が大ヒット
していました。                  
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うぐいす餅
春先って からふるな和菓子が変わるがわる登場して
嬉しいんですよね。桜餅(関東風の長命寺/関西風の
道明寺)や上生菓子も。洋菓子も大好きなんだけれど
渋めのお茶と一緒にいただきながら ホッとするひと
時がとても嬉しく感じる季節到来。季節を告げる花も
良いのだけれど 団子もまた嬉しい季節。     
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スノー・ムーン 2月の満月をこう呼ぶようで。
[カメラ] 20240224 23:30 雨雲が近づいて雲と輪が。

如月も残すところ数日。こちら南関東では月が替わってすぐ また雪の予報が出ているんですが 春はまだ浅いのかな。数日前の 20℃くらいになった陽気は何だったんだろう?今のところ大きな体調の不調はないからいいけれど 疲れやすいというか基礎体力が落ちているというか 体調面にいろんな不安を感じるお年頃。あ~気をつけなくちゃね。(さつまいもをアルミホイルで巻きストーブに乗せた!)体重落とさなきゃいけないけれど 暖かくなるまでは脂肪は必要かもしれないね・・・。え゛っ?!次回更新は 月が変わって 3/3 0:00の予定です。三寒四温激しくなりそう。みなさまもご自愛くださいね。今回はこのあたりにて ぐな~ぃ![夜]

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さくらだ~っ! [1984年のヒット曲]

早くも雪が降った日から一週間が経ち 今週はかなり春めいた気温で ヴァレンタイン・デーの頃には 20℃くらいまで気温が上がるとか。(まさか今年も猛暑酷暑になる傾向が早くも見えているのか・・・。どうか穏やかな春が長く続いてほしい。)[かわいい]

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前記事のつぼみと同じか?なんだけれど 食材の買い
出しに行く前に 約5分だけ いつもの公園に寄って
河津桜と思われる花を!今年初めて見る桜だ~っ!
桜だ~ どうも桜田淳子って書きたくなっちゃう。[がく~(落胆した顔)]

でも まだ二輪しか咲いてなかったよ!でも河津桜は
長く咲いているというから これからが見頃かもね!
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[るんるん]さ~て 今回の一曲は前回に引き続き 40年前(1984年)の今頃のヒット曲から。いつも記事を書いていて 普段から良く聴いている作品だから 40年も新しい時間が巡り来てしまったというのが え゛っ!って思うよりもホント恐ろしくなってしまう。この作品もなのかって!今回の作品は リリースから首位に昇り詰めるまで結構時間がかかって超ロングセラーになったのと 大ブレイクを果すことになる名作。おいらは この作品以前の数作品は 当初知らなくて 勿論歌っているグループのメンバーの顔も知らない。グループ名だけは すごく特徴があったからすぐ覚えたけれど ワインのCMで流れていた心地よさげなアダルティな感じと なかなかリンクしなかったんですよね。CMは結構良く流れていたからサビはなんとなく鼻歌を歌ってたっけ。[るんるん]
DSCN1565_01.JPG 「ワインレッドの心」 安全地帯 1983年11月25日発売 4枚目のシングル。この作品が大ヒットしたことによりデビュー曲だと思われている方も当時は少なくなかったのですが プロとしてのデビューは 1982年2月に発売された「萌黄色のスナップ」というシングル。1982年と言うと女性アイドル大豊作の中 残念ながら大ヒットデビューというストーリーにはならなかったのですが その時点でのアマチュアとしての経歴は長く バンド結成のルーツは10年以上遡ることになります。安全地帯と言うとやはりボーカルの玉置浩二の印象が強いのですが デビュー前に井上陽水さんのバックバンドとして活躍されたあと メジャーデビュー時は 玉置浩二をはじめ5人のメンバーでのスタートでした。
この作品は ワインのCMソングとして世に広く知られるようになるのですが ブレイクのきっかけとなるのは翌年になりじわじわとヒットの傾向が見え始め 2月末に週刊シングルセールスのトップテンにランクインを果します。首位に君臨するのは3月半ばなんですが 幅広い世代に支持されロングセールスとなり70万枚を超える大ヒットに。作詞は井上陽水 作曲は玉置浩二 編曲 星勝/安全地帯。この作品を書かれた際に 玉置浩二は あのどことなく寂しい曲調のモチーフは 童謡・唱歌の「ちいさい秋みつけた」にインスパイアされたとのこと。また同時期の自身の作品もどこかマイナー調な作品が話題になっていた井上陽水の詞の世界観が より強い印象となり好景気に浮かれる世の中で 怪しく輝き始めたんですよね。(世の中が華やかな時代には やや暗めの流行歌が流行り 逆にどこか停滞感を感じる時代には 逆を求め明るく華々しい流行歌が流行る。そんな風潮もあったのでしょうね。)(この時期を前後する井上陽水作品/のちにリバイバルヒットとなる「リバーサイドホテル」「とまどうペリカン」「愛されたばかりいると/背中まで45分」「誘惑」「いっそセレナーデ」をはじめ 中森明菜提供作「飾りじゃないのよ涙は」大ヒットもあり 更には「ワインレッドの心」のカバー作も秀逸な 自身のアルバム『9.5カラット』もミリオンセラーに。井上陽水ブーム再来。)
安全地帯もまたリリースするシングル・アルバムが連続大ヒット「真夜中すぎの恋」「マスカレード」「恋の予感」アルバム『安全地帯Ⅱ』『安全地帯Ⅲ~抱きしめたい』もロングセラーに。
更には続く「熱視線」「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」(玉置浩二主演映画の主題歌)「夏の終わりのハーモニー」(井上陽水とのライブレコーディング)「Frend」「好きさ」「じれったい」・・・と 間髪入れずに大ヒット連発で80年代を駆け抜けて行く大人気ロックバンドに。メンバーそれぞれが ソロの活動期があり安全地帯の長期活動休止の後 完全復帰を果たし現在は定期的な活動を。


どこか物憂げな玉置浩二の歌声は 切なくて・・・。
この頃の彼を見ていると なぜか前川清さんと重なるような
気がしてしまうんですよね。[爆弾] [わーい(嬉しい顔)][たらーっ(汗)]
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先日 街中で見かけて見上げてしまっていた看板。
何処にも社名表記はないのに これだけで判る![猫]
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スーパーで売ってたので 即買いしてしまった!
昔のラッピングの印象が強いんだけれど ひさびさ復活
ファンタ[ぴかぴか(新しい)]  ゴールデングレープ   [ぴかぴか(新しい)]。オリジナルは
今から 49年前の1975(昭和50)年発売。あ~でも 
おいらは その前年に出た ファンタアップルの復活を
願うばかり!最後に飲んだのはいつ?![ファーストフード]ロッテリアで
バイトしてた時は 良く飲んでたんだけれど。あ~今の
じゃなくて 昔の えびバーガーとイタリアンホットが
食べたい~っ。 ファースト・キッチンのピーチパイも
好きだったな。。。木元ゆうこってアイドルが CMに
出てたの思い出した。ぬ~ん。遠い日々。[時計]     

ファンタのところで書き忘れたんだけれど 今じゃ炭酸水がぶ飲みって当たり前?!だけれど 昔ファンタ クラブソーダを瓶でそのまま飲むって なんか粋な感じでアヴァンギャルドだったかも!ぐふふ。[レストラン]
書き出しにも書いたんですが 今年も”三寒四温”という言葉が 身近に感じられる季節到来かな。能登の地震災害があった地域は ひと足先に早く穏やかな陽気になってほしいなと思うのです。午後のワイドショーでは ヴァレンタイン・デー頃に 関東では 春一番が吹くんじゃないかなんて言ってたけれど こちらより先に少しでも過ごしやすい陽気になって 復興が早く進んでほしいです。次回更新は2/18 0:00の予定です。[メモ]陽気の乱高下も花粉の飛散も本格的に始まりそう。みなさん体調崩されませんように。今回はこのあたりにて!ぐな~ぃ![夜]

わすれな・めも ・・・ 20240215 11:30 確定申告書作成終了 あとは明日以降 3/15までに提出する。
わすれな・めも2 ・・・ 20240216 18:30 今日の午後13:30過ぎに 確定申告の提出終了。

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コンプレックスってステイタスかも。 [1984年のヒット曲]

[雪]雪降るのかな?降ったとしても薄っすら色づくか雨の確率が高いんだけれど。子供の頃は嬉しかったけれど 今は多少風情を感じるものの積もる(湿り気の多い雪が)のはね・・・。[ふらふら]暦の上では今日から春。昨今二季傾向が強い日本ですが 今年は少しは穏やかな春が長く続くといいんだけれど。。。[晴れ]

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河津桜のつぼみだと思うんだけれど。[カメラ]1/31
そろそろ咲きだしているかな?
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[るんるん]こんかいの一曲は前回に続き40年前(1984年)の2月のヒット曲から。以前の記事で書きましたが 同級生よりも早く社会に出た(同じ学校で)おいらだったんですが アルバイトとか見習いで設備関連の仕事をしながらヴォーカル・レッスンをしだしたのがこの頃。寒風は強く冷たい日が続いていた記憶なんですが 気持ちは 結構前向きだったね。今回の一曲のイントロを聴くと その頃のなんとも言えない清々しさを思い出す。すべてが良いわけではなかったけれども。何というかな?早春の息吹を感じるごとに 何もかにも自身にプラスになるような追い風に吹かれているようで。それは汚れないアオハルの真っただ中だったんだね!きっと。[るんるん]
DSCN2013_01.JPG 「Rock'n Rouge」 松田聖子 1984年02月01日発売 16枚目のシングル 化粧品会社の春のキャンペーンソングとして 心弾む春の気配をちりばめた極上なポップ作品。この頃の作品はリリースされれば 初登場で首位を獲得する その後のヒット曲の典型的なヒット曲線を描いていました。ヒット曲の短命化が進む中 彼女の作品は 初動で一気に昇り詰めて 比較的上位をキープしながらゆっくりと下降して行く安定したアベレージを維持していました。翌年に(一度目の)ウエディング・ロードを歩くとは まだまだ本人さえ描いてはいなかったんだろうね。アイドルとして最高峰に君臨し 発表する作品はどのカテゴリーでも大ヒットは間違いなしの勢いを感じましたね。おいらは基本的にアルバム作品は 当時聴いてはいなかったんだけれど そのクオリティは 当時のアイドルとしては限りなく完成度の高さを誇り こちらもリリースすると大ヒット。更にはオリジナルアルバムだけでなくて コンピレートされた多種のベスト・アルバムも首位を獲得してしまうアーティスト・パワーも並では無かった頃でした。
この年は「時間の国のアリス」「ピンクのモーツァルト」「ハートのイヤリング」と連続大ヒット。人気者ゆえかスキャンダラスな噂も多々ありましたけれどね。今じゃ命取りになるようなスキャンダルも あの頃は噂が出るということは その真偽が事実であろうと無かろうと ステイタスでさえありましたものね。とにかく輝いていましたっけ!おこがましいこと甚だしいけれど そんな存在感に憧れさえ抱くこともありましたっけ。自信を持つということ自分の意思が揺らぐこともあったんだよね。次の「時間の国のアリス」が大ヒットしている頃かな?設備の仕事で 都内でも有名(=国内でもとなるんでしょうね)な偏差値のトップクラス進学校(高校)に行くことになるんですよね。おいらは学校を辞めたばかりだったから 幾ら夢を追いかけてなんて意気込んでいても 同年代の生徒が通う高校に行くなんて思ってもいなかったしね。数日間仕事で行って 授業中のそれも教壇のすぐ横の壁に設備機器を取り付ける配線工事をするわけ。嫌でも同学年の生徒たちの視線がおいらに向くことは避けられない。(当時偏差値70以上の同い年の中に 偏差値40近く下の学校に通っていたおいら)それまでに感じたことのないプレッシャーが嫌というほど感じる。その場にいることが もう耐えられないと自分で良く判る。将来は 高学歴でないと就けない職業や政治や経済を動かすであろう予備軍の視線は ”あいつは何なんだ!”というものに近かったんだろうね。学歴だけがすべてではないと判ってはいるけれど。与えられた仕事は こなさなくてはならないし。嫌で嫌で仕方なかった。後にも先にも そう感じたことは無かったかもね。間違いなく生まれも育ちも かけ離れた上流階級とプレッピー。おいら自身に これと言えるステイタスなんて無かったからね。夢なんて夢でしかないわけ。叶えなければただの戯言。そんなことも幾度も過った。(気にしないと言い聞かせても そんな気持ちは 40年も経った今でも心の中で湧き立ったりおさまったり。)そんなことがあってからかな 学歴に対するコンプレックスはね。やっぱり学は必要なのかと 大検(文部科学省管轄の 大学入学資格検定試験)を受験する勉強も始めるんだけれどね。(検定は2年くらいかかって取れたんだけれどね。大学という進路は おいらには学力的にも経済的にも狭すぎた。) (今回の脱線は修復難しいな!どう軌道修正すべきか?!)おいらは バカなのかな 覚悟が決まると(心臓バクバクしたりするけれど)舞台に立つ度胸的なものは 備わっているみたいなんだよね。そんなことも あの日の教室で身に付けたのかも。コンプレックスはさらに強くなるんだけれどね。(ここで戻れるか?!)聖子さんだけはないけれど ひとりで舞台に立ち自身を奮い立たせ持ち得るものを 最大限に昇華させ表現する。芸は無くとも 度胸だけは備わっている?と勘違いするバカなおいらもまた存在する。タレント性はあるのかも?(・・・なわけないでしょ![パンチ][爆弾]あうちっ!)このブログの一番最初の記事をUPした日。あの時も すごく怖かった。何も知らない世界に船出するわけでしょ。だから背を押してくれた人たち(ブロガーさんたち)って とても有難かったね。今もそう思う。そしてその後 このごった煮ブログにお越しくださる皆さんの存在が今のおいらにとって とても有難い存在でもあるということをいつも感じています。今年も 卒業や新たな船出の季節がそこまで来てますね。春なんだね。ピュアな気持ちで 新たな時間の中に漕ぎだす気持ちはいつも忘れないでいたいね。


リリースはされていないんだけれど 発売される前に違う
歌詞が付いていたんですよね。
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公園にはたくさんのスイセンが咲いてた。[かわいい]

今年は 29日まであるんだよね。寒さはまだまだ続きそうだけれど乗り切らなくちゃ!約三週間まえにギックリ腰をやってしまった親も 落ち着いて来てデイ・サービスも再開。おいらも いくらか気分的にホッと出来そうな眼先が見えてきました。確定申告の申告書も清書して提出しなくちゃいけないし。早く済ませて気分転換の時間を作らなくちゃ!春を見つけられるところへ出かけてみたいな。スギ花粉もかなり飛んでいるみたい。目が痒いなと思うことがあったんだけれど まだ 多分おいらは花粉症は発症してないみたい。今年も気をつけなくちゃ。コロンもまた罹患される方が増えてるらしいね。とにかく身体が第一だから基礎体力もつけなくちゃな。。。体重落ちなくても皮下脂肪は減らしたいし。身体を動かなくちゃ!と。思うだけではだめだよね。実行しなくちゃ!うんにゃ!
次回更新は 2/11 0:00の予定です。[メモ]みなさまも体調崩されませんように。今回は このあたりにて。ぐな~ぃ![夜]

追 記 ・・・ 20240204 02:00 おかしなタイトルをつけてしまったんですが いろんなコンプレックスを持つということは 自身を奮い立たせ レヴェルアップを諦めない ” 進行形の状態 ” であるということを言いたかったんですよね。コンプレックスを持つということは おいら自身が 諦めない自分自身を再確認する!ということ。おいらは まだまだ負けたくはないから!おかしな文章ですけれどね。(ステイタス・・・地位や身分と意味と捉えるのではなく 現状や状態という意味での解釈。も~まったく意固地なおいら自身にも 手が焼けるんだけれどね。ぐふふ。[モバQ][あせあせ(飛び散る汗)]

追 記 ・・・ 20240206 06:00 昨日昼頃から降り出した雪は 5cmくらい積ったのかな。相変わらず湿り気の多い雪。びしょびしょ。[雪]前日22:00ころに 家の前の道路の雪はらいをしておいたので 今朝は楽!
たまに積もるのは良いけれど 後が大変。雪の多い地域の方は本当に大変だなとつくづく実感するのでした。

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通りかかった線路。雪というかシャーベット。[がく~(落胆した顔)]
[カメラ] 20240205 23:00ころ

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