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松の内も明けます! [1984年のヒット曲]

あらためまして 旧年中もお世話になりました。本年も宜しくお願い申し上げます。
元旦の能登の地震 翌日の羽田空港での事故・・・これまで生きて来て思いもよらなかった自然災害と惨事に子持ちが落ち着かない正月でした。災害や事故に遭われたみなさまへお見舞い申し上げますと共に 本年が穏やかな一年であることを願うばかりです。

早いもので もう今日までが松の内(関東では)ですね。今は仕事始めが正月明けのようになっていることも多いので お飾りをいつまでも・・・というのは毎年気になるんですが ブログのお飾りも今日いっぱいかなと。
[ひらめき]今記事 ちょっとじゃなくて かなり長くなりそうです。記事書いてたら年明け第一弾の画像羅列忘れていたことに 途中で気付くのでした。[がく~(落胆した顔)]

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例年通り 花びら餅をいただいて
新年が始まりました。とはいえ相変わらず生活感は特に
変わらず 四日の親の初デイ・サービスの日は気が緩ん
だのかなんか 一気に疲れちゃって買い物にでも出掛け
ようかと思ってたんですが起きられなくてゴロゴロと。
そうこうしてる間に 確定申告(決算)もあるしね。 
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[るんるん]今年の一曲目は 40年前となる1984(昭和59)年のカテゴリーを作ってみようかと。(あんど半世紀前の1974(昭和49)年も。)この年は 家庭内でもいろいろなことがあって 環境が変わり始めたおいらだったんですが 今から思うと敷かれた(心算の)レールから 側道へ踏み込み長いワインディングロードを今まで進む ある意味ここが良くも悪くも 自身の生きてきた道が色濃く難儀になった年だったんだろうなと今は思い返すのです。でも あの時こんな側道に踏み込まなければと思ったところで 悔いはあれど半面 何というか打たれ強くなった(その分余計な経験も多々あったけれど)気はしているんですね。百恵さんの赤いシリーズじゃないけれども ドラマティックな人生(そう大したものではない。というか真似はしてほしくない。)の幕開けだったのかも。おいらは 飛行機って未だに縁遠くて乗ったことないけれど しっかりした当てもなく離陸してしまったみたいです。夢ばかり見ていた17歳。(脱線しないように軌道修正)前年からの人気は更に膨れ上がり デビュー年に賞レースから漏れてしまった彼女は デビュー二年目としては破格な飛躍で 多くの賞賛をばねに1984年の元旦に新たなフライトへ。[るんるん]
DSCN1932_01.JPGDSCN1933_01.JPG 「北ウイング」 中森明菜 1984年01月01日発売 7枚目のシングル(ジャケットは二種類あり左のオリジナルと カップリングが変わり同年12月15日に発売された両A面扱いの特別盤右。ちなみにカップリングは オリジナルは「涙の形のイヤリング」特別盤は ドラマのエンディングテーマとしてアルバムからのカットとなった「リ・フ・レ・イ・ン」)
デビューからバラード調の作品とロック調の作品を 交互にリリースするような形でリリースされるごとに力をつけて比例して人気も右肩上がりで この辺りくらいから自身の意見を通した作品作りがアイドルからアーティストへの移行する序章だったのかもしれないですね。昨年は ミュージシャン林哲司さんのトリビュート・アルバムに久しぶりにレコーディングされた「北ウイング-CLASSIC-」が新録として収録リリースされ明菜復活の話題となったのは 記憶に新しいところです。 1月2日に BS-TBSで放送された特番では 番組の最後に肉声で ”2024年もどうか応援というか 横目でいいので見守っていてください。よろしくお願いします。” と 嬉しいコメントを聞かせてくれました。おこがましいけれど (高校生になってから)ずっとファンでいて本当に良かったな!と思えた瞬間でした。いろんなことがあって明菜ちゃん自身本当に大変なこともあったけれど 彼女の作品がリリースされるたびに シングルもアルバムも聴き続けて おいら自身もあの時はあんな想い出が この曲の頃に・・・って 良いことも悪いことも焼き付いて40年以上に。きっと多くのファンが同じような思いをしていることでしょうね。火が出る位恥ずかしいことなんだけれど 若気の至りで芸能に対するあこがれが 何よりも先に夢見るようになって それは世間知らずの高校生だったおいらがホントに今となっては恥ずかしいんだけれど 多分実生活のごたごたから逃れることで自分自身の気持ちを確かめて行こうとしていた時期でした。いろんなオーディションとかに参加したり 日に日に今じゃなきゃ きっと後で後悔するんだろうと夢を追いかけていた おばかな少年だったんですよね。裏の世界も見えてくるんだけれど。高校生として毎日楽しい日々を過ごしていたんだけれど 現実はね勉強も疎かになってついて行けなくなってくるし それだけじゃなくて将来のことを考えなくちゃいけない時期なのに 中途半端になっていく現実と 今なら失敗してもやり直せるという気持ち それから夢に向かってゆく気持ちと いろんなことが混ざり合って 気持ちの中で優先順位をつけた時に走り出す自分が止められなかったというのが正直なところ。考え直した方がいいと誰も言うんだけれど 人の言うことを素直に聞こうとしない(自分でも呆れるそういう気質は 今もあるんだけどね。)おいらは アルバイトや仕事をしながら夢を追いかけることが今は一番やりたいと 高校生を辞める決意をしたのが 1984年1月のことでした。その時には 今では幻の歌手といわれる方を育てた 作詞(曲)家の主催するヴォーカルスクールでレッスン(いわゆる内弟子の前段階)するオーディションに合格してたんですね。そりゃ甘いものではないということは重々承知してました。(脱線するなこれは!^^;明菜ちゃんのれびゅ~じゃなくなっちゃうので 強制軌道修正!また続きは次の機会に。)そうそう「北ウイング」なんだけれど とにかく彼女の作品を聴くごとに どうしたら彼女みたいな 歌い方のテクニックを身につけられるんだろうという聴き方をするようにもなってましたっけ。レコードとは違って彼女の歌い方は それ以上の歌唱でテレビで歌うテクニックが 他の歌手と比べてもレベルは一定以上ありましたね。否 歌えなくてはいけないんでしょうけれど。次から次へと作品を発表するごとに レベルアップして新たな面を見せてくれたり きっとストイックな彼女のことだから自信が納得いく歌い方を常に模索していた証なのでしょうね。1984年には 「北ウイング」を皮切りに「サザン・ウインド」「十戒(1984)」「飾りじゃないのよ涙は」とシングルをリリースするんですが 年の初めと終わりでは ヴォーカルテクニックは 格段に上がっているのを感じましたね。作品のカラーも勿論あるんだけれど どんどん引き寄せる魅力というテクニックもパワーに変えて行くのが判りました。それに何より歌っていることが彼女を最大限に輝かせていました。何かで見たんだけれど その頃のいわゆる演技(役者として)の方は ちょっとどうかなって思ったことがあったけれど 歌うことは 彼女自身を自ら輝かせるすべてだとおいらは思ってた。自ら表現することが出来るって どちらかというと高校生になるまでは 内向的(周りの空気を読み取る変な子供)だったおいらには どこか子供の頃からあこがれを持っていたんですね。無邪気な子供でありたかったんだろうね。いろんなスターを見て それが例え演技であった(当人の本性と違う)としても 演じることへのあこがれへの思いは あの時代のバブル経済と比例していたのかも。(やっぱり脱線だね。)いま こうしてブログを綴っているおいら自身の気持ちは あの頃のおいらの気持ちとかなり近いところにいる気がする。え゛っ、今!人前で歌うのなんか 恥ずかしくてだめだめ。コロナ禍前でも カラオケは行きたい気持ちはあっても 気の知れた人じゃないと ホント恥ずかしくて歌えないもん!下手だなと思う。だはは。あ そうそうおいらはルックスも駄目だから余計にね。ぐふふ。あはは いひひ。(おいおいボロ出す前に動画貼らなくちゃ!)


おいら ロング・トーンが全くダメなんだよね。
記事を書きながら ふと思い出したんだけれど楽譜を読み書き
するとか基本的なことが すっかりもう忘れている抜けている
自身に過去のことは振り切れていると感じた。今の普段の生活
の中に(例)♩= ♪ + ♪ なんてことは必要ないもの。譜面通
りに歌うことより リズムを感じて楽しければ 心地よければ
それでいいということの方が勝っているから。だから嫌いじゃ
ないんだろうね・・・いまでも音楽が。          
何時も凄いなと思うんだけれど 今は打ち込み音楽ってPC等
で作曲する方法もあるでしょ おいらわかんないもん。だから
プロ・アマ関係なく 自身で作品を作り上げるミュージシャン
って凄いなと尊敬しちゃう。勿論ヴォーカリストもね!   
今は 歌の上手い子多いよね。生まれた頃からカラオケはある
だろうし ステイタスだったりね。そのせいか?最近は上手い
人のレヴェルがかなり高いから かえって歌番組を見ていても
面白くない気がしちゃって・・・。10年でも時代は変わって
しまうものだしね。正直!おいらは好きじゃないんだけれど
美空ひばりさんって一時代を作った方だから 戦後から今でも
好きだという人の気持ちと おいらが明菜ちゃんが好きという
感覚はきっと同じなんだろうね。明菜ちゃんこれからもずっと
長く歌ってほしいね!                  
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[がく~(落胆した顔)]うぎゃ~すっかり忘れてたよ!毎年初めの記事は 
”アレ”の恥さらししなきゃいけないこと・・・![カメラ]
[レストラン]おせち2024[レストラン]
・・・・・・・壱の重               
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(右上から時計回りで)福豆/かずのこ/サーモンの
かいわれ巻/紅白なます/若桃の糖漬/丹波黒豆&
小梅・ちょうろぎ/伊達巻/紅白かまぼこ/
栗きんとん/いくらしょうゆ漬
(12品 かずのこ サーモン なます以外は既製品)
・・・・・・・弐の重               
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(右上から時計回りで)高野豆腐/ワカサギの蜜煮
フキ青煮/昆布巻(ニシン)/れんこん酢煮
梅花にんじん・さや/しいたけ甘煮/田作り
うずら/タケノコ煮
(11品 ワカサギ 昆布巻 うずらは既製品)
・・・・・・・参の重               
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(右上から時計回りで) さといも煮/ローストビーフ
鴨ロースト/きんぴらごぼう/こんにゃくオランダ煮
/くわゐ素揚げ/豚角煮/鶏てりやき/ぶりてりやき
/鶏だんご
(10品 鴨ローストのみ既製品)
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ゑびの塩焼きを加えて 34品
大きな失敗は無く 12/28から仕込んで 29~
31日で調理。予定の変更があり 弟宅に届けたのは
1/2だったので その分 大晦日は気負わずに。
去年より一品増やせた。今年(鬼が笑う)は 早めに
おせち預金を初めて 自宅で作るのと デパ地下売り
のも食べてみたい。さてどうなるやら・・・。 [喫茶店]

おせちのことを記事にするのを すっかり忘れてたからいつもの倍くらいの記事になっちゃって 拝見くださり読みにくかったらすみません。ぺこり。えせ料理人には しばらくお休みいただこう!
次回更新は 1/14 0:00の予定です。昨日から寒の時期に入り寒さも本格的になります。みなさん体調崩されませんように。今回はこのあたりにて!ぐな~ぃ![夜]

わすれな・めも ・・・ 20240109 22:00 今日の午後 髪を切って来た。
わすれな・めも2 ・・・ 20240113 20:30 夕方17:00ごろから二時間くらい今年初めて雪が降った。

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